ゆみです。
先週、東日本大震災の被災地に行って来ました。
私としては、意味深い経験だったです。
津波の跡地は、だいぶ瓦礫は片付けられてたけど、一面の何も無さが怖かったわぁ…
その一角だけを、巨大な手がキレイに払いのけてしまった…って位に忽然と、その広い一面だけがなくなってた…
地面には、住宅土台の跡がたくさんあって、こんなにもたくさんの物が流されてしまったんだぁ…って
あちらこちらに、小さなオホラがあって、御供えをしていて、
切なく苦しくなりました。
アルミホイルみたいに千切れた車や、ボールみたいにキレイに丸まった車をたくさん見た…
ゾッとした…
コンクリートの舗装道は、コンクリートが剥ぎ取られ、崩れて道端も、すごく狭くて、運転していて怖かった…
津波被害の跡地は仙台と福島の2県を見たけど、どこもそんな感じだった。
原発も20キロ立ち入り禁止の場所ギリギリまで行ってみた、
防護服に防護マスクで除線作業をしてる人たちの、ニュースと同じ光景を見た
計画的避難区域の飯舘村は、すべての家のカーテンが閉まってて、人の気配や熱がまったくなくて、
昔話で、きつねにつままれた人が、まったく同じ場所なのに人が誰も住んでいない異次元空間に迷いこんでしまったような気分になった…
人にもたくさん会いました!
みんな、老人も若者も子供たちも、元気でした、とっても優しく接してくれて、ボランティアをしに行ったのに、逆に私が、すごくお世話になって帰って来ました。
ボランティアの終わりの日に、たくさんの人に見送られ
「良かったら、この土地に、また是非、来て顔を出して下さいって」言われて、
「はい、たぶんまた来ると思います」
って言って帰って来ました。
そんな感じでした。
あと、私が
「津波跡地に行ったら、その現状を写メに撮って、札幌に戻った時に、人に見せようと思っていたのに、実際に跡地に行ったら切なくて胸が苦しく、たくさんの犠牲の跡を、見せ物のように写メに撮る事が私は出来なかったです」って、
被災地の人に話したところ
「でも、伝えて欲しいです。佐藤さんが見た、この街の姿や現状を、札幌に帰ったら、話してほしいとは思います」
って言われたので、
「わかりました」って返事をしました。
被災地以外の、他県の人たちの東北に対する気持ちが、すごく嬉しいですって、言ってて。
大した事は何も出来なかったけど、
それでも、また行こうと思っています絓
ひとまず、元気に札幌に帰って来ましたょ荑
私がいないなか、お店を運営してくれていた。くるみママ、スタッフとにありがとーですo(^-^)o
がんばって生きなくちゃね〜っ!!!!!
ゆみ